Chapter4 6/14(月)「南アフリカ到着」

香港からの長旅を経て只今ヨハネスブルグに到着。
そして国内線ロビーでブルームフォンティン行きの飛行機を待っています。
いい天気です。日本人も周りに増えてきました。
空港では南アフリカの人が温かく迎えてくれています。
待ってろ!ブルームフォンテン!待ってろ!カメルーン!


香港からの長旅を経て只今ヨハネスブルグに到着。
そして国内線ロビーでブルームフォンティン行きの飛行機を待っています。
いい天気です。日本人も周りに増えてきました。
空港では南アフリカの人が温かく迎えてくれています。
待ってろ!ブルームフォンテン!待ってろ!カメルーン!
今思い出しても前編のチケット騒動の帰り道の本当に辛かったこと。。。
完全にぼろ雑巾でした。
ここからの巻き返し期待してください!
『ワールドカップ戦記-1勝1敗1分(後編)』
≪2nd Match:6月21日 ポルトガルvsメキシコ≫
最悪のスタートとなったWCであったが、2日目のメキシコ戦は最高であった。メキシコのサポーターの陽気さにどん底の心は救われた。街中を陽気に歌い練り歩き、これぞワールドカップという素晴らしい応援に、一瞬にしてメキシコファンになった。チケットも日本のオークションで買ってきており、自動改札を通過した瞬間にブラジル戦の玉田以上のガッツポーズをしたのは言うまでもない。
【2nd Match Result:一転快勝 1勝1敗】
≪3rd Match:6月22日 日本vsブラジル≫

運命のそして本命の試合。試合結果は皆さんご存知の通り。現地で見た感想としては、深い悲しみと、燃えるような怒りを感じていた。悲しさとは「代表がチームとしてばらばらだったこと」、怒りとは「誰が日本代表をそこまで貶めたのかということ」にあった。
特に後半の45分、チームは明らかに壊れていた。スタジアムを陸上競技のごとくただ走り続ける中田と、それにつられて走り回るFW。しかし、守りは全く連動していないので、簡単に前線のプレスをかわされて数的優位を作られピンチの連続。戦術うんぬんの問題でなく、このチームからは選手間の信頼とか戦うということが全く感じられなかった。
わざわざドイツまで行き目の当たりにした惨状への悲しさと怒り。
あまりにもムシャクシャして収容所でも眠れそうにない。居合わせた日本人と飲んで話をしても収まらない。『そうだ、ブラジル人に聞いてみればいいのでは』。
というのも回りを見渡せば広い食堂にはブラジル人がいっぱいいたからだ。おもむろに近くのブラジル人グループのテーブルに行って聞いてみる。
『日本の何が悪いのか教えてくれないか?』
陽気に飲んでいた彼らが突如真剣な顔になり「今日の試合は日本にとって大した問題ではないよ。ブラジルも良かったんだし。それより・・」。「最大の問題はオーストラリア戦の残り10分だよ、あれが全てだろ」。「日本にそれが起きたのは痛みという経験の有無の違いじゃないか」。
僕はびっくりした。まさかこんな回答が返ってくるなんて。試しに他のブラジル人グループにも聞いてみたところ「オーストラリア戦の残り10分だろう」という同じ答えだった。それから夜中遅くまでブラジル人約50人に聞いたところ8割くらいの人は「オーストラリア戦の残り10分」との意見であった。
僕は愕然とした。ブラジルという国の強さが垣間見え、そこに横たわる日本との大きな差を感じたことに。WCの予選突破は当たり前のブラジル。その中で弱いと目されていたオーストラリアと日本の試合をほとんどのブラジル人が見ていたことに驚愕した。
日本人の中に、どれだけブラジルとクロアチアの試合を見ていた人がいるのだろう。そして、日本人から日本の何が悪いと聞かれ、即答できるということの凄さを(例えばバーレン人にWCアジア予選の突破できなかった理由を聞かれて答えられるだろうか)。僕はブラジル人のサッカーというスポーツに対しての愛情そして歴史の深さを感じた。これは50年くらいは最低でも追いつくのには必要だな。選手もそうだが、僕ら日本人がサッカーへの知識や愛情、経験全てにおいてレベルアップしていかなければならないのだろう。
彼らはこうも言っていた。日本は落ち込む必要はない。この10年日本のサッカーは信じられないくらいの進歩をしたのだと。前半の玉田のゴールで先制されたときは負けるかもしれないとブラジル人も思ったそうだ。
サッカーは一朝一夕で強くなるものでもない。前のWCにオランダは出ていないし、サッカーの母国イングランドは1回しか優勝していないだろう。下を向くことはない。サッカーはいつまでも続くのだからと。
僕はこの2時間多くのブラジル人と話をしてサッカーについて人生で一番深く考えさせられた。そして気がついたら僕の深い悲しみと燃えるような怒りは収まっていた。
そして、ドイツに来て辛いことも含めて色々な経験ができたことに感謝すらできるようになっていた。全ての経験が血となり肉となる。「下を向くことはない。そうサッカーはいつまでも続いていくのだから」。
【3rd Match Result:嵐のち晴のドロー 1勝1敗1分】
前回のブログにも書きましたがドイツではなかなかできない体験をすることができました。良かったことも悪かったことも全てひっくるめて素晴らしいものでした。
その経験を税理士会の会報誌に書いた文章を2回に分けて転載したいと思います。
長文です、ハイ。この経験が南アフリカへの想いにつながっていきます 笑。

『ワールドカップ戦記-1勝1敗1分』
ワールドカップ(以下WC)開幕が近づいてきたある日、決算書の説明にクライアントに行ったことから全てが始まった。社長と共通の知り合いHさんがその場に現れ、僕は『Hさん、ワールドカップに僕も行きたいですよ』と冗談で言った。Hさんは今回のWCの公式スポンサーの一つY社に勤務をしていて、取材も兼ねてドイツに行くと聞いていたからだ。「本当に行きたいの?だったら電話して聞いてみるよ」。『えっ(汗)』。「おっ、取れたよ、日本対ブラジル戦の招待券」『えっ・・(汗)』。「取ったんだから絶対に行けよ」。『えっ・・・(汗)』。この間わずか10分。WC開幕まであと9日という微妙な時期に僕は日本対ブラジルのチケットだけをあっさりと入手してしまった。
さて、どうしたものかと色々な考えが頭の中を駆け巡る。行けと言われても目的地はドイツだろう。試合がドイツのどこでやるのかも知らないし。仕事は?飛行機や宿は?かなり弱気になってきた。まあ、考えていても始まらない。明日から行動をしてみるだけはしてみよう。
翌日事務所でおそるおそる「WCチケットが取れた」と打ち明けてみると意外にも好反応。「一生に一回の機会かもしれないし是非行った方がいいよ」という心強い言葉の後押し。あとは自分の仕事の整理次第だが、これは休日出勤を重ねれば何とかなるだろう。よし、一つ解決。
次は飛行機。これが一番大きな障害になるのではと思っていたが、旅行会社からはことごとく空席はないとの予想通りの返事。J社のツアーで空席があるとの噂を聞き連絡してみると「35万円のホテル込みのツアーになりますが、ビジネスクラスしか残席がなく追加料金25万円です。あとお一人様での参加だと追加で10万円です」との爽やかな回答。マクドナルドでポテトもご一緒にいかがと薦めるがごとく35万円の追加料金が発生し合計70万円。もう無理か・・。そうだ旅行会社に勤めている知り合いに相談してみよう。「WC絡みは今の時期だと厳しいよ」という反応。しかしすぐ翌日に電話をもらう。「運がいいなー、お前は」。北京経由ドイツ行きの中華国際航空のチケットが突如売りに出てきて、一般に販売を開始する前に押さえてくれたというのだ。10万円を切った値段で意外にもチケットが取れてしまった。北京での8時間の乗り継ぎはやや気になるが、この期に及んでそんなことは言っていられない。
これで僕のワールドカップ行きが実質決定した。学生時代のアメリカ留学やアジアを中心としたバックパッカーとしての経験から、現地に入国さえできれば、宿や国内移動は何とかなると思っていた。案の定ホテルは一杯で全く予約が取れなかったが、「ファンキャンプ」というワールドカップのために一時的に用意された体育館に簡易ベッドを4000個も並べた収容所のような施設(一泊約5千円)の予約はできた。
3泊6日の旅。日本対ブラジル戦を含めて最高で3試合を見ることができる。この3試合に全力を尽くそうと心に決め僕のWCは始まった。
≪1st Match:6月20日イングランドvsスウェーデン≫
北京での8時間の乗り継ぎを経由してドイツのフランクフルトに早朝に到着した。その後3時間の鉄道移動を経て、現地時間朝9時にドルトムントの収容所、いや宿泊施設に出発から30時間もかかり到着した。遠かった。くたくただ。しかし、チェックインは午後3時。何とか交渉してシャワーだけは浴びさせてもらい、すぐに疲れた身体にむち打って初日の試合会場ケルンへ。
この日はドイツ戦もあり、イングランド戦が行われるケルンの街はパブリックビューイング目当てのドイツ人、そしてイングランド人、スウェーデン人でごったがえしていた。WCムードに僕も興奮し疲れも忘れてくる。
駅や街中にはチケットを譲ってくださいという紙を持った人々がいっぱいいる。日本のオークションだと1万円の席が15万円となっているほどの人気カードだ。僕もチケットは持っていない。現地調達しなければならず、いきなり僕のWCも大一番を迎える。スタジアム周辺ではさらにチケットを求めている人たちが増えていた。明らかに売り手市場だ。僕も『チケット1枚求む』という紙を手にしていると、声をかけてくる人は結構いる。相場は10万円をまだ超えている。合間に、日本人が突如4人くらいに腕を捕まれ連行されていった。どうやらチケットを転売して私服警官に捕まったらしい。よく見ると捕まっている人が周りで続出している。いやがおうにも緊張感は高まる。
試合開始まで2時間を切った頃、500ユーロでどうかと声をかけてきた男がいた。400ユーロ?300ユーロ?『えっ、300ユーロ(約4万5千円)でいいの・・』。
周囲の警官の目が怖かったが、チケットを見せてもらうが特に怪しいことはない。よし交渉成立。なんと意外にも300ユーロでゲットできてしまった。正直10万円くらいが相場かと覚悟していた。ゲートへ向かう時に『なんか印刷が薄い気がするな・・』。最初のセキュリティチェックは通った。でも、なんか怪しい気がする。いざ、スタジアムに入るゲートの自動改札へ。しかしチケットが自動改札に全く反応しない。その時に疑念が確信に変わった。『やられた!!』。そう偽チケットを掴まされてしまったのである。
哀れ試合を見るどころか、スタジアムに入ることもできずケルンの街を去る羽目になったのである。家を出てから42時間後のことである。肉体的、精神的にぼろぼろの出だしとなった。
【1st Match Result:歴史的惨敗 0勝1敗】
(後編へ続く。。。。。)

南アフリカでアフリカ大陸初のワールドカップが開催されます。
本当に南アフリカで開催できるのかという疑問の声をはねのけ開幕にこぎつけそうです。
もともと野球小僧であった私は夏の甲子園は興味があってもサッカーのワールドカップには全く興味がありませんでした。
それが1998年「フランスワールドカップ」で日本の初出場に興奮。
2002年「日韓ワールドカップ」を生で試合観戦(アルゼンチンvsナイジェリア)。
2006年「ドイツワールドカップ」では日本の花火のような激しい最後をドルトムンドで目撃したのを含めて2試合を観戦しました。
特に2006年のドイツでの経験は非常に思い出深いものでした(そのエピソードはこのブログでも近々紹介したいと思います)。
これらの経験を経てサッカーのワールドカップはただのサッカーの世界大会でなく、それ以上のものなのだと思うようにいたりました。
しかも、今回は未開の地アフリカ大陸での初開催。アフリカ大陸ができてから間違いなく一番大きなイベントという歴史的なものです。
スポーツの仕事に携わるものとして現地でそれを体感したいということももちろんですが、未だ足を踏み入れたことのないアフリカ大陸を感じたいという思い、世界中から集まるであろう人たちとの交流。。。
今回ワールドカップを南アフリカで現地観戦、しかもツアーでなく全てを個人で手配するにあたって今までにはない高いハードルや苦労がありました。と同時にたくさんの方からのサポートがありました。
なかなか今回のワールドカップを現地で味わう人は多くないと思いますので、準備も含めて彼の地で感じたことをブログに綴りたいと思います。
「さあ南アフリカでのワールドカップ、KICKOFFです!」
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